


三世紀の日本に「末盧國」の
存在を記す「魏志倭人伝」
中国の史書、魏志倭人伝の中に、「邪馬台国」へ至る「クニ」のひとつとして「末盧國(まつろこく)」が出てきます。
これが、現在の唐津市周辺に古来大陸との交流をもとに栄えた「クニ」であり、中国の王朝にも知られていました。
邪馬台国への道を彷彿とさせる『末盧国』。ここには日本の稲作発祥の地とされる菜畑遺跡があり、園内では古代の水田を再現して古代米が栽培されています。


速報展には多くの考古学ファン
や市民が見学に
昭和19年秋、防空壕の工事中に偶然発見された桜馬場遺跡から、後に重要文化財となる鏡や有鈎銅釧等の貴重な遺物が出土しました。
不時の発見となったために、遺跡の全容が不明瞭であったにもかかわらず、桜馬場遺跡の存在は、魏志倭人伝に描かれた「末盧国」の王墓を想わせました。

最高権力者の象徴、素環頭太刀
が新たに発見された!
平成19年秋、発掘調査により桜馬場遺跡は再び陽の光に照らされました。
今回の調査では、 約2,140点の副葬品が見つかり、そのなかには1944年に発見されていた、鏡や銅器の欠けていた部分と符合するものや、最高権力者の象徴とされる素環頭太刀が新たに発見され、王墓は63年振りに再発見。
市教委は「王墓であることが裏付けられた」としています。
魏志倭人伝に登場するクニの王墓が特定されたのは、福岡県前原市、伊都国の三雲南小路遺跡と平原遺跡についで3例目で貴重な再発見です。


現在の唐津市、末盧國王墓は
この静かな城下町で再発見
日本の稲作発祥の地とされる菜畑遺跡では水稲だけでなく、アワ、ソバ、ダイズ、ムギなどの五穀をはじめ、メロン、ゴボウ、クリ、モモなどの果実・根菜も栽培していました。
また、家畜としての豚も飼育していた新事実が確認され、菜畑は文字通り「日本農業の原点」であることを証明しました。
私どもはこの歴史を継承するふるさと「唐津」で63年ぶりに再発見された「末盧国王墓」の存在を広く知っていただくために、ささやかな古代の酒造りに挑戦しました。
